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生活

端午の節句

年中行事 | 五月 | 知る | 楽しむ

端午の節句とは、5月5日に親が自分の男の子供が災難や被害に合わないで、健康に育って欲しいと思う願いやお祝いをするしきたりです。これに対して女の子には、3月3日行われる桃の節句「ひな祭り」があります。 その由来は古く、古代中国にみられます。端午の節句は元々災難除けと健康を願う行事でその頃から薬草である菖蒲酒を飲んで体のけがれを取り除き、健康を願いました。 それが平安時代には日本でも貴族の間で広まり、薬草である菖蒲やよもぎを摘んで仲間に配ったり、厄払いの行事に鬼退治として馬から弓やを引いたのです。これが有名な流鏑馬の始まりと言われています。

生活

ひな祭り

年中行事 | 三月 | 知る | 楽しむ

ひな祭りは、桃の節句、上巳(じょうし)の節句とも呼ばれる女の子のための年中行事の一つです。幼い女の子がいる家庭では毎年三月三日に、階段状(三段のものから十段のものまである)になったディスプレイ台(ひな壇)に、通常お内裏様(おだいりさま)と呼ばれる男雛(おびな)と、お雛様(おひなさま)と呼ばれる女雛(めびな)を中心に、決まった人形、食べもの、飲みもの、調度品などを飾ります。ひな壇に飾る人形をひな人形と言いますが、これらは通常、お嫁さんの実家から贈られ、両家の両親や友人を招いて縁起ものである飲食をふるまい、みんなで女の子のすこやかな成長を祝い祈ります。

生活

芸者

おもてなし | 知る | 楽しむ

芸妓は日本でも海外でも一般的には「geisha」と呼ばれていますが、主に関西で「geiko」の呼称で親しまれており、それ以外の地域では「geisha」と呼ばれることが多いようです。また、芸妓には2種類あり、長唄や清元などの唄や語り、あるいは三味線や太鼓などを演奏する芸妓を「地方」、舞踊をする芸妓を「立方」と呼びます。地方にはかなりの修練が必要とされ、通常は立方を卒業した姉芸妓が地方に廻ります。その他、芸妓には茶道や華道など、素養としての修行が求められます。 なお、芸妓はお茶屋から呼ばれて「お座敷」に上がるわけですが、お茶屋はお客様の要望に応じて芸妓やお酒、料理など芸者遊びのすべてを取り仕切って提供する花街の裏方としての役割を果たしています。これに対して、置屋は芸妓に芸事やしきたりを教え、着物を用意するなどしてお茶屋へ送り出す人材派遣のような立場になります。

年越し蕎麦
生活

年越しそば

慣習 | 十二月 | 知る | 楽しむ

一年の締めくくりである大晦日の夜、お正月の準備を終えて、家族そろって年越しそばを食べ、今年一年、無事に過ごせたことを感謝して食べる。 この風習は江戸時代中ごろから庶民に広がったといわれ、そばは長くのびるので寿命や身代、家運など長くのびるようにと願う説や、切れやすいので旧年の災厄をきれいさっぱり切り捨てようと言う説や、金銀細工師が金箔を打つときにそば粉で金粉を集めたことから金を集めるという縁起で始まったという説などが有名です。 由来には様々な説がありますが、ともかく家族みんなで食卓を囲み、食べる。食べ終わるころに除夜の鐘を撞く音が聞こえ、食べ終わって間もなくすると日が改まり、新年を迎えて、「あけましておめでとう」のことばを家族で交わすのが一般的な日本人のライフスタイルです。

生活

おみくじ

慣習 | 楽しむ | 知る | 買う

神社やお寺に行くと、太い木や鳥居に結んである、紙。あれって何か?あれは、ただ紙が景観の1つで縛られているのではありません。「御籤(みくじ)」です。 日本人である、私たちは 平安時代から江戸時代まで、何か決めごとを行わなければいけないとき、例えば、誰がどこの田んぼを所有するとか誰がどこで魚をつるエリアを使っていいかを決める際に、使われたものがおみくじでした。 現在、一般的に行われているおみくじと同時のおみくじは違うもので現在のものは、江戸時代から行われ始めました。 0.中規模程度の神社やお寺に行く。

生活

七種粥・七草粥

年中行事 | 一月 | 知る | 楽しむ

五節句の一つである、人日の節句(一月七日)の朝に、七種の野菜を入れて炊いた粥を食べる風習があります。 この七種の野菜は「春の七種(はるのななくさ)」と呼ばれ、これを食べることには二つの意味があると考えられています。ひとつは邪気を払い万病を除く占いとして食べるということ、そしてもうひとつはおせち料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うために食べるということです。 七種粥の風習は、中国から伝わったものです。中国では七日がひとつの節目とされていましたが、この七日は人を占う日「人日(じんじつ)」と言って 、七種の野菜をあたたかい汁物に入れた「七種菜羹」を食すことによって、邪気を払うという習慣がありました。それが日本に伝わり、平安時代のころに七種粥を食べるというならわしがはじまったと考えられています。当時は一月十五日頃に行われ、粥に入れられていたものも今の野菜とは違い、胡麻や小豆など七種の穀物だったとされています。年代は諸説ありはっきりしませんが、やがて七種の穀物のほかに季節の野菜を入れるようになり、それが室町時代の初めごろには現在の七種に変わったと考えられています。さらに江戸時代の頃になると武家や庶民にも定着し、幕府の公式行事として、将軍以下全ての武士が七種粥を食べる儀礼を行うようになり、その風習が現在まで続いています。

除夜の鐘 池上本門寺
生活

除夜の鐘

年中行事 | 十二月 | 知る | 楽しむ

除夜の鐘とは、一年の最終日に当たる12月31日の24時に向けて、日本にある全てのお寺で鳴らす鐘のことです。日本では12月31日を大晦日(おおみそか)と呼んでいます。また、「除夜」とは「旧年を除く夜」という意味で大晦日の夜を言います。大晦日はお正月を迎えるための、多くの準備(家の掃除、お正月料理の準備など)があり、それらを終えるとお正月への心の準備があります。心の準備とはこの一年間を静かに振り返り、新年に向けて新たな気持ちで過ごしていくための心の切り替えを意味します。除夜の鐘はそのような人たちの心の切り替えを促すために鳴らされるのです。鐘は108回突かれ、鳴らされます。108回という回数には色々な説がありますが、一般的には、人間の心と体に対する、悩み・苦しみ・怒りなどを、過去・現在・未来にわたって一つ一つ数えると108あると言われています。それ故、除夜の鐘は一人一人が鐘の音を心静かに聴いて、悩み・苦しみ・怒りなどを沈め、清らかな心を取り戻すために鳴らされるのです。

おせち料理
食べ物

おせち料理

特別な料理 | 一月 | 知る

おせちとは、お節供の略で、年の始めにその年の豊作を祈って食べる料理や武家の祝い膳、新年を祝う庶民の料理などが混ざり合ってできたもので、正月に食べるお祝いの料理であり、本来、暦上の節句のことを指します。その際に食べる料理をおせち料理と呼んだため、現在では節句の一番目にあたる正月の料理を表す言葉として使われています。 さらに現在では正月、三が日は主婦を家事から解放するという意味を含め、保存の効く食材が中心のものになったといわれています。また、お正月に火を使うことをできるだけ避けるという物忌みの意味も含んでいます。

鏡餅
生活

正月

年中行事 | 一月 | 知る

『ねー、おばちゃん、お年玉ちょうだい!』 なんて、子供から口が裂けても言えません。 言いたい所を我慢して、礼儀良く挨拶をすれば 大人はくれるものです。 『も~う いくつ 寝ると お正月 お正月には たこあげて 駒をまわして 遊びましょ 早く 来い 来い お正月』 年の終りを迎える12月にも入ると、どこの家庭からか聞こえ始めてきていた定番のお正月のうたは、どこに行ってしまったんでしょう。そんな風にカウントダウンしてしまうくらい、日本の子供にとってお正月は、とっても楽しみな行事の1つです。おいしいものが食べられて、お父さん、お母さん、おばあちゃん、おじいちゃんを始め、親戚中の人からたんまりお年玉がもらえて、本家に集まった子供たちで、男の子は凧上げや駒まわし大会、女の子は羽子(はね)つき(はね)や鞠(まり)つき?をして遊びます。

生活

料亭

おもてなし | 知る

あなたがもし日本の文化をじっくりと味わいたいと考え、なおかつお金に多少の余裕があったら“料亭”に行くとよいでしょう。なぜならそこでは様々な日本の伝統工芸品や美術品が美術館的に鑑賞する対象としてではなく、生活の中で実際に使われている形と全く同じように使われ、触れることそして味わうことができるからです。また、料亭で出てくる料理も、会席料理(かいせきりょうり)と言われる日本の伝統的な料理で、何年も修行した料理人が、そのときの旬の食材を使い、季節感を演出し、深い味わいを楽しませてくれます。さらに料亭と切り離せない存在である“芸者”も料亭で楽しむことができます。目の前で芸者たちの踊りを見て、お酒をついでもらいながら歓談するという贅沢な時間を過ごすことができます。

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