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伝統工芸品

大館曲げわっぱ

木工品 | 秋田県 | 知る

秋田音頭にも歌われる大館曲げわっぱは、自然の厳しさに耐えた弾力性の高い天然秋田杉だけを利用して作られる「曲物」と呼ばれる容器の一種で、秋田県がその産地となっています。主に櫃(ひつ)、水差し、盆、すし鉢、弁当箱、菓子器、小物入れ、コーヒーカップ、ビールジョッキとして使われています。大館曲げわっぱの魅力は、天然の秋田杉の柾目(まさめ)と香りが冴(さ)え、木目は真っ直ぐで弾力に富んでいること、年輪の間隔は細かくきれいに揃っていることなどです。鮮やかな赤、淡黄色の明るく美しい木目が生かされた製品には、シンプルながらも美しさと気品があり、軽いながらも強靭であり、日常の身近な容器として使い勝手の良さも兼ね備えています。

伝統工芸品

置賜紬

織物 | 山形県 | 知る

置賜紬は、置賜地方で生産されている織物の総称で、主に着物地、袴、帯、袋物に使われています。産地は大きく3つに分かれ、米沢草木染、長井紬の緯総絣・併用絣、白鷹紬の米琉板締小絣(よねりゅういたじめこがすり)・白鷹板締小絣(しらたかいたじめこがすり)という種類があり、産地によって工程は異なりますが、いずれも糸を先に染めてから織る先染めの平織(ひらおり)です。歴史的には、8世紀初めに始まり、江戸時代初めに、領主の上杉景勝が奨励したことで産地としての体制が整いました。江戸時代中期に第9代藩主上杉鷹山が越後や京から織物職人を呼び寄せ、家中の女子に技術を習わせ、元来養蚕の盛んだった白鷹では農民に機を織らせたことで、置賜の地に紬の技術が根付き、藩の財政回復にも貢献したといわれています。また、鷹山公は寒さ厳しいこの地で、農作物が不作の時には食糧危機を救うこともでき、染色にも使うことができる胡桃、栗、梅、ざくろ、などの植林を積極的に行い、置賜紬の発展を促しました。

伝統工芸品

久米島紬

織物 | 沖縄 | 知る

久米島紬は、日本の紬の発祥の地と言われている久米島の織物で、主な製品としては、着物地、洋装、帯、テーブルクロス、のれん、小物類があげられます。歴史的には、14世紀頃、南方貿易により伝わったインドをルーツとする製織法に加え、中国から養蚕の技法等を習って島民に教えたのが織物の始まりと伝えられ、17世紀前半には織りの基礎が固まっていたと言われています。 同じ沖縄の織物でも「宮古上布」は分業制ですが、久米島紬は分業がなく、染色に使う木を割って洗い、図案を作り、織って、仕上げるまでの工程をすべて一人でこなします。

伝統工芸品

会津塗

漆器 | 福島県 | 知る

会津塗は漆器のひとつで、福島県の会津若松市や喜多方市を主な産地とし、椀、重箱、茶托(ちゃたく)、盆などに用いられています。 日本人が大切に考えるもののひとつに「縁起」というものがありますが、会津塗はまさにこの「縁起」の良い図案をモチーフにしていることが特徴として挙げられます。また、錆絵を使った渋みのある「鉄錆塗」、米のもみ殻をまいて模様を出す「金虫くい塗」、木目の美しい「木地呂塗(きじろぬり)」など、塗りの技法もふんだんに施されています。 室町時代にこの地方で力のあった一族が、漆の木を植えることを奨励したのが始まりと言われています。安土桃山時代の天正18年(1590年)には、豊臣秀吉の命を受けて会津の領主となった蒲生氏郷公が、近江から塗師(ぬりし)、生地師(きじし)、蒔絵師(まきえし)など多くの漆器職人を呼び寄せ、漆を使った工芸の養成と技術の進歩に取り組みました。以来、会津の漆器作りは一気に産業化されたのです。さらに京都から蒔絵技術を取り入れ、着実に発達しました。江戸時代には保科正之公が漆の木の保護育成に努めるなど、歴代藩主が技術革新に熱心に取り組み、江戸時代中期には中国、オランダなどへ輸出されるまでになりました。しかし、会津は幕末の戊辰戦争で焼け野原と化し、一時は産地としての力が弱まりましたが、後に復興を遂げ、現在に至っています。

伝統工芸品

結城紬

織物 | 栃木県 | 群馬県 | 知る

結城紬は、茨城県、栃木県で生産され、着物地、帯に使われる絹織物です。国の伝統的工芸品のみならず重要無形文化財にも指定されています。 結城紬の魅力としては、絹でありながら木綿織風の素朴さがあり、真綿(まわた)のようにやわらかく、軽くて暖かくて、しわにならないということがあげられます。また、絵柄も伝統を生かしつつ、時代の変化にあわせて工夫されてきました。明治時代の結城紬は縞模様や、簡単な縦横絣でしたが、大正時代には横糸絣による絵絣が流行し、昭和初期には亀甲などの小絣を駆使した「細工絣」が考案されました。

伝統工芸品

宮城伝統こけし

人形 | 宮城県 | 知る

宮城県内には、「鳴子(なるこ)こけし」「作並(さくなみ)こけし」「遠刈田(とおがつた)こけし」「弥治郎(やじろう)こけし」「肘折(ひじおり)こけし」の5つの伝統こけしがあります。これらをまとめて宮城伝統こけしと呼び、国の伝統的工芸品に指定されています。宮城伝統こけしの特徴は頭部と胴体だけという、極めて簡略化された造形の美に加え、山村の自然に囲まれた素朴な作り手の心から生まれた清楚で可憐な姿です。 顔の特徴は、結い上げた前髪に、横の髪、一重の目と丸い鼻と、どこかで見たことのあるような、とても親しみを感じる素朴な顔をしています。胴は風車に見立てた車菊、菊を側面から見た重ね菊、かえで、なでしこ、牡丹など、美しい柄の着物を着ています。また、首をまわすと、キュッキュッと鳴き音を鳴らして遊べたのも鳴子こけしの大きな特徴です。

伝統工芸品

浮世絵・版画

その他工芸品 | 知る

日本の浮世絵は世界的に有名ですが、始まりは江戸時代、17世紀頃です。浮世絵とはその頃の人々の生活や話題、風物を描いたものです。その為、美術的な価値があると同時に、その時代の暮らしが分かるという意味で歴史的にも価値があるとされています。 初期の浮世絵は、肉筆画と墨による木版の単色刷りが主でした。18世紀中頃になると、多色刷りの木版が開発され、錦絵といわれるカラー印刷が生まれました。これは世界的にみても、最も古いカラー印刷といわれています。この印刷を可能にした理由は、下記の通り、3つあります。

正月に飲む薬酒。邪気を払って長寿を願う。数種類の薬草を使った屠蘇散を酒に浸して作る。
食べ物

おとそ

特別な料理 | 一月 | 知る

1月1日は、朝から自分にご褒美です。一緒に日本の文化も楽しんじゃいましょう。「一人これを飲めば一家くるしみなく、一家これを飲めば一里病なし」と言われているお屠蘇(とそ)。これはただの日本酒ではありません。 1年間、健康に過ごすことができるように作られた薬膳酒なのです。しかし『薬膳酒』だからと言って、飲みにくいなんてことはありません。あるモノを入れて調整することで、自分流に仕上げることができます。なぜ健康にいいのでしょうか。 お屠蘇は、「屠蘇散」という10種類近くの薬草を合わせたものとお酒やみりんで作られています。この「屠蘇散」には、馴染みのある「山椒」から、「陳皮」や「肉桂皮」のように聞いたことのないようなものまで入っていて風邪を防ぎ、消化機能を整え、身体を温める作用があるのです。そんな医者いらずの「お屠蘇」を考えてくださったのは、どちらのどなた様なのでしょう。

伝統工芸品

赤津焼

陶磁器 | 愛知県 | 知る

日本六古窯(にほんろくこよう)の一つに挙げられる愛知県瀬戸地方、その中でも1200年以上前、日本で初めて高温陶器を焼いたとされるのが赤津の地であると言われています。その灰を燃やすほどの高温で焼かれた陶器の中で、最も長い歴史を持つ赤津焼きの特徴は自然の土から作られた独特のぬくもりと30種類を超えると言われる釉薬(ゆうやく)とが織りなす美しさにあります。特に釉薬による景色(けしき)と呼ばれる表現効果は、同じものは決して作れないという希少性と、釉薬の厚み、塗り具合とその時の温度・湿度、さらに窯に入れて焼いた時間や火加減により作家が100%計算できない予測不可能な部分を残しており、そのことから茶の湯用の陶磁器として特に愛用され、鑑賞の対象とまでなっています。そして、赤津焼きは基本的に素焼工程がないということも特徴といえるでしょう。これは釉薬をわざと生地になじませないことで、焼いた時の釉薬の浮きやたまりも独特の表現効果にするための技法です。よって大きな行程としては土づくり ここで完成形をイメージしてそれに適した土を作ります。成形 ろくろを使ったり、手で成形したりと様々なやり方があります。乾燥 成形したばかりの生地はとても柔らかいため直接持つことができません。 そこで天日に何日間かさらして乾燥させます。釉薬及び彫刻などの飾りつけ ここで完成形に従って表面に表現を付けます。釉薬で表現効果をつける場合は、 技術者の経験と勘が頼りの難しい行程です。窯焼き 窯に入れて焼きます。通常は灰がとける程の温度(1200度前後)とされていますが、 完成したときの表現効果により経験と勘で変えることが多いようです。 完成 また赤津焼きは地の利という面においても恵まれた環境にあります。これは瀬戸地方全体に言えることですが、この地で採掘できる土には鉄分が少なく、表面に施した模様が映える白さが特徴の、いい材料が豊富に眠っているのです。そのような環境の中、作家の自由な発想によって成形方法も多種にわたっており、ろくろを回してなめらかな曲線を描いたものから、土の塊から指先を使って丹念に成形したもの表面に彫刻による模様を施したものなど、様々な作品が作られてきました。歴史的にも江戸時代は特に徳川家の御用窯として栄えた時期もあり、時の将軍徳川家より特別に注文を受け、茶道具などを収めてきた背景から、総じて気品と風格がただよう作風であるということも言えるでしょう。日本有数の窯が集まる陶器の地瀬戸、その中でも最も長い歴史を持ち、1200年の間工芸士たちが試行錯誤を繰り返し作り上げてきた独特の「景色」を持つ赤津焼き。土の温かみ、工芸士が代々受け継いだ経験と技術、そして気まぐれな自然のいたずらから作られる世界無二の作品の数々を赤津焼きで楽しんでみてはいかがでしょうか。

生活

扇子

日用雑貨 | 夏 | 知る | 楽しむ

扇子(せんす)は団扇(うちわ)と同じく自分の手で風を送って涼を得るために作られたものです。扇子もやはり竹でつくった骨の部分に紙を貼って作られます。各骨の根元に小さい穴を開けます。この穴を一箇所に束ねて金具を通して固定します。そうすることによってこの穴を中心に広げますと、紙を貼った面が半円を描くように放射線状に広がります。また広げられた面は各骨に沿って折り目がつけられています。それによりこの折り目に合わせてコンパクトたたむことが出来るのです。この一点に集中させて重ね合わせ穴を開けた部分を「要(かなめ)」と呼びます(要の部分が壊れますとせんす全体がバラバラになってしまうので大切なところです。このことから「要」を大切な部分と言う意味として一般によく利用される言葉になっています。)

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