生活

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月見

年中行事 | 九月 | 知る

月見は旧暦の8月15日に、お団子やお餅、ススキ、サトイモなどをお供えして月を鑑賞する事で、この日の月は「中秋の名月」、「十五夜」、「芋名月」と呼ばれています。 この旧暦は中国の暦に由来するもので、元々は中国から伝わったと言われていますが、中国では唐の時代に、月見の日にサトイモを食べることから、サトイモの収穫祭の行事として始まり、現在では庭にテーブルを出し、お茶やお酒、おつまみをつまみながら、月餅を食べ、月を楽しむ秋の年中行事となっているそうです。 日本の月見は、奈良~平安時代頃から始まり、江戸時代までは、貴族の風流な遊びだったお月見が、一般家庭にも広まったとされています。

中北町
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岸和田だんじり祭

祭り | 大阪府 | 九月 | 十月 | みる

岸和田だんじり祭(きしわだだんじりまつり)は、毎年秋に大阪府岸和田市で行われる祭りで、全国的にも知名度が高く、日本を代表する祭りの一つです。 岸和田地区、春木地区は9月に、旭・太田地区、修斉地区、南掃守地区、八木地区、山直地区、山直南地区、山滝地区は10月に行われます。各町のだんじりがそれぞれの氏神社に宮入りし、安全を祈願します。 見どころは、曳き手が走り、速度に乗っただんじりを曲がり角で方向転換させる「やりまわし」です。岸和田だんじり祭では、京都の祇園祭の鉾や飛騨高山祭の山車のように慎重に角を曲がるのではなく、勢いよく走りながら直角に向きを変えるのが特徴で、その迫力とスピードゆえ、全国から多くの観光客を集めています。

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仙台七夕まつり

祭り | 宮城県 | 八月

仙台七夕まつりは「ねぷた」「竿灯」と並んで、東北三大祭りの一つに数えられており、仙台藩祖の伊達政宗公が奨励したともいわれている伝統的なお祭りです。仙台市を中心として毎年8月6日から8日の3日間にわたって行われます。地元では「たなばたさん」の愛称でも親しまれています。 期間中は七夕パレードも賑やかに行われ、名実ともに日本一を誇る仙台の夏の風物詩となっています。その最大の見どころは、毎年手作りされる豪華絢爛な笹飾りです。笹飾りは青竹と和紙が使われ、清々しい青竹に吊るされた涼やかな和紙の短冊や長い吹き流しがそよぐ姿は、その風を感じるだけでも不思議と心が癒されるようです。一番町や中央通りなどのアーケード街、仙台駅周辺など、商店街単位での飾り付けをはじめとし、家庭や商店など個別の飾り付けに至るまで、市内各地に合計3000本と言われる笹飾りが施され、毎年200万人以上の人が訪れています。

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博多どんたく港まつり

祭り | 福岡県 | みる | 参加する

「博多どんたく」の歴史は古く、820年以上前に始まった、わが国の古い民俗行事である「博多松ばやし」(国無形民俗文化財選択)がルーツと言われています。 明治時代まで黒田藩の城下町「福岡」と博多町人の町「博多」の交流の場として続き、正月15日に町衆が着飾って無礼講で賑やかに歌ったり、踊ったりする祝賀行事であったようです。 先頭に福神・恵比寿・大黒の三福神と稚児、その後ろに「通りもん」などからなっており、この誰でも参加できる「通りもん」が発展し、今では老若男女が思い思いの装いで三味線や太鼓、しゃもじを叩いて市内を練り歩く現在のスタイルになったものです。

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なまはげ

祭り | 秋田県 | 十二月 | みる

なまはげは、秋田県男鹿半島の伝統的な民俗行事で、本来は小正月(陰暦の1月15日)に、神を迎えるための行事でしたが、現在は大晦日または1月15日に行われています。鬼の姿をした数人の青年が集落の家々をめぐり、悪事に訓戒(くんかい)を与え、災禍(さいか)を祓い(はらい)、祝福を与え去るというもので、同時に集落の人々の強いきずなを確かめあうという役割も果たしています。もともと、冬の寒さ厳しいこの地方で、何もせず、囲炉裏端(いろりばた)で暖をとっていると手足に火傷ができ、それをこの地方の方言で「ナモミ」と呼びますが、「ナモミ」があると怠け者の証拠だということで、「ナモミ」を剥いで戒める、というところから、「ナモミ剥ぎ」が「なまはげ」の語源とされています。

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祇園祭

祭り | 京都府 | 七月 | みる

祇園祭は京都の八坂神社のお祭りです。大阪の天神祭と東京の神田祭とともに日本三大祭りの一つです。およそ1100年の歴史を持ち厄病や災いを鎮めるためにおこなわれます。時期は7月、一ヶ月間の長期にわたって行われます。また祇園祭は飛騨の高山祭と秩父の夜祭と並んで、日本の美しいお祭り、三大美祭りとも言われています。それは旧家や老舗で保存されている文化財や美しい山鉾(重要有形民族文化財)が公道を巡るため、「動く美術館」とも言われているお祭りなのです。山・鉾は山車といわれ2ⅿもある車輪がついていて、総重量12tもある引き車です。鉾は屋根の上に長い槍のような武器を置いています。また山は屋根の上に松ノ木を載せております。この槍や松ノ木は雷を防ぐ避雷針と同じく、厄病を吸い込んでしまうものとして置かれているのです。更に、この祭りが行われる八坂神社の祇園祭は牛頭天皇(ゴズテンノウ)を祀るお祭りです。牛頭天皇とは日本の神話に登場する人物で、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)<頭が8つもあって人々を苦しめた怪獣>退治したスサノオノミコトという神様です。お祭りの最大の盛り上がりは7月17日に行われる山鉾32基の街中の引き回しです。中でも見せ場は「辻回し」といって大きく高い鉾を交差点で方向転換を図る場面です。車輪自体が構造上、方向転換が出来ないようになっています。そのため路面に青竹を敷き、更に水を掛けて滑りやすくしてその上に鉾をのせ、皆で勢いよく掛け声に合わせて、90度に方向転換を図るのです。このような大きな鉾の方向転換は大変な技術を要します。また7月13日~16日の前夜祭ともいえる「宵山」(ヨイヤマ)の期間中は、夕方になると提灯に灯りがともり、山鉾の上では「コンチキチン」の祇園囃子が演奏され、京都市内が情緒深い風景になります。京都の人にとっては、この祇園祭が終わると、本格的に夏の訪れを感じる夏の風物詩でもあります。

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扇子

日用雑貨 | 夏 | 知る | 楽しむ

扇子(せんす)は団扇(うちわ)と同じく自分の手で風を送って涼を得るために作られたものです。扇子もやはり竹でつくった骨の部分に紙を貼って作られます。各骨の根元に小さい穴を開けます。この穴を一箇所に束ねて金具を通して固定します。そうすることによってこの穴を中心に広げますと、紙を貼った面が半円を描くように放射線状に広がります。また広げられた面は各骨に沿って折り目がつけられています。それによりこの折り目に合わせてコンパクトたたむことが出来るのです。この一点に集中させて重ね合わせ穴を開けた部分を「要(かなめ)」と呼びます(要の部分が壊れますとせんす全体がバラバラになってしまうので大切なところです。このことから「要」を大切な部分と言う意味として一般によく利用される言葉になっています。)

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遊び | 一月 | 楽しむ

日本の凧は、空中での安定を図るために凧に尾を付けます。これが海にいる蛸や烏賊に似ていることから、日本の東地区では「タコ」、西地区では「イカ」または「イカノボリ」と呼ぶこともあります。 日本の伝統的な和凧は、竹の骨組みに和紙を張ったものです。形も色々あって、長方形のものから、六角形、立体的な形、小型のものを複数連ねた連凧、鳥や蝉、奴さんの形をしたものまで色々あります。また縦横10mを超える大凧があります。これ以外にも空中でお互いの凧同士で戦って、相手の凧を落としたり、揚げている糸を切ったりする凧合戦、喧嘩(けんか)凧というものもあります。また、ある地方(例えば浜松市)では、男子の誕生を祝って大きな凧を皆で揚げる風習の残っているところもあります。

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団扇

日用雑貨 | 夏 | 知る | 楽しむ

団扇(うちわ)とは竹でつくった放射線状の骨組に紙を貼って作られる、簡易冷房ツールです。使い方は簡単であり、片手にもって上下、または左右に振って風を起こし、涼をとるものです。 もともとは中国より伝わったものですが、うちわの歴史はかなり古く、エジプトの壁画にも書かれています。用い方も従者に大きいうちわを持たせ、仰がせて涼をとると同時に自分の権威を示すものとして、あるいは中国の貴婦人が自分の顔をかくしたり、ファションツールとしたり、南国では日陰用になど色々見られます。 日本では、独特の竹細工の技術や和紙の技術により、色々なうちわが生まれました。

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天神祭

祭り | 大阪府 | 七月 | みる

天神祭は菅原道真という人を祀った全国の天満宮及び天神社で行われるお祭りです。菅原道真の命日に当る25日に毎月行われています。この神社は日本の古くからの童謡(とおりゃんせ)にも歌われており、多くの人に馴染み深い神様でもあります。天神祭で最も盛大なものは、大阪の天神祭で7月24日~25日行われるお祭りです。特に、25日の夜は、大川に多くの船が行き交い、花火が打ち上げられます。また陸の上では、先頭で太鼓を叩いて、お神輿や飾りの付いた山車(引き車)、色々着飾った人たち、3000人の行列が船着場まで4キロを練り歩きます。また大川の船は、太鼓やお囃子を鳴らした船、神様をお迎えするためのお人形を乗せた船などがあります。これ以外にも24日には「どんどこ船」といって太鼓のルズムに合わせて28人のこぎ手達が一斉に櫓をこいで、提灯をかざし何艘も賑やかに進みます。天神祭の由来は、菅原道真を祭った天満宮のお祭りです。菅原道真という人は平安時代の900年はじめ頃の人で、優れた学者であり、詩人であり政治家でありました。詩人、学者として有名ですが政治家としても右大臣として天皇に次ぐ最高位にまで登りつめその当時の政治改革を推し進めました。しかしながら反対派の策略により無実の罪を着せられ、九州、福岡の大宰府に左遷されたのです。その後道真が無実の罪を背負ったまま大宰府で死んだ後、京の都では天皇の子どもが次々と病死したり、都での会議中に雷が落ちて政府要人が死んだりと、道真を左遷した都で多くの異変が起きたのです。この異変は道真を左遷してそのまま死なせてしまった祟りだということになり、このような災いを沈めるために菅原道真を祭った神社が天満宮です。その後災いを防ぐ神様として全国に広まり、多くの天満宮が設けられたのです。また雷による災いを及ぼしたというので雷の神様(雷神)となったのです。雷神は雨を呼ぶ神様、豊作の神様でもあります。その後世の中が落ち着くにつれて、道真の優れた学者としての面が浮上してきて、今は学問の神様として有名になり、入学試験や就職試験の成功願う神様となったのです。

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