文具

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展覧会出品作品の陳列棚
伝統工芸品 スペシャル

日枝玉峯堂

文具 | 山口県 | 買う

山口県の空の玄関口、宇部空港のある宇部市。その山間部に江戸期より赤間硯の原石を採石し、製作・販売をしている小さな集落があります。古くは集落の大半が硯関係の仕事をしていましたが、現在では三軒のみとなりました。その中の一軒が「日枝玉峯堂」です。当店では三代目 玉峯とその長男 陽一が、硯石の採石から製作、販売までを一貫して行なっています。まず採石ですが、当店所有の採石場(坑道)を持ち、硯に最も適しているとされる地下10メートルから25メートルの間の、良質な石層のみを採掘しています。次に製作ですが、赤間硯の定番形体から、中国や朝鮮半島の古典的な硯、日本伝統工芸展などの公募展出品作品や現代感覚の硯まで、一点一点昔ながらの手仕事で行なっています。最後に販売ですが、工房隣りの自宅の一室で展示・販売を行なっています。公募展受賞作品や入選作品は常に展示していますが、お客様の望まれる実用硯や彫刻硯は常に展示・販売しているとは限りません。その理由は、硯は固形墨を磨る場所と墨液を溜める場所があれば形体は自由ですから、硯の種類は無限であるということと、手彫り・手磨き・漆仕上げのために、完成までに時間(約二週間)が掛かるからです。したがって当店の商品はほぼ受注生産のため、他店で見ることはまず無いでしょう。是非ご来店いただき、お客様の満足できる硯をご提案ください。必ずご期待に沿える一点を製作いたします。

竹文硯
伝統工芸品

赤間硯

文具 | 山口県 | 知る

日本の硯の三大産地の一つ、山口県宇部市西万倉(やまぐちけんうべしにしまぐら)で採石され、同市及び下関市で製作されている硯は、赤間硯(あかますずり)と言い、国の伝統的工芸品に指定されています。 赤間硯の歴史は古く、現存する最古の赤間硯として、建久二(1191)年に源頼朝によって神奈川県鎌倉市(かながわけんかまくらし)の鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に奉納されたものがあります。江戸時代前期には採石・製作・販売のすべてを下関市(赤間関)で行われていましたが、採石方法である坑内掘り(たぬき掘り)の限界から、江戸時代後期には宇部市西万倉周辺で採石が始まると、次第に採石・一般書道用硯の製作は宇部市西万倉周辺、販売・文様彫刻などを施した細工硯の製作は下関市で行われるようになりました。毛利氏が藩を治めていた時代には、良質の原石が採れる山は御止山(おとめやま)として一般には入山を禁じられ、参勤交代の贈り物等として硯が必要になると、藩主の命令によって採石されました。このように、赤間硯は長州藩の名産として貴重なものであるとともに、藩を代表する産業でした。明治時代になると、書道が広く一般に普及したため、赤間硯の需要も高く、もっとも盛んに作られていました。

伝統工芸品 スペシャル

ダイイチ

文具 | 兵庫県 | 買う

こどもには知育玩具、大人にはなつかしのおもちゃ、高齢者には脳トレゲーム。 「読み・書き・そろばん」が教養の基本であった時代が、なんでもコンピューターの時代になり、そろばんは、電子計算機やパソコンなどにその地位を奪われてしまったのは事実ですが、最近の空前の脳トレブームの到来により、そろばんの魅力が見直されています。老舗そろばんメーカーのダイイチでは、こどもから高齢者まで、また初心者から上級者まで、あらゆる層に向けて、様々な商品を開発しています。もちろん、伝統的工芸品の指定を受けた播州そろばんの産地ですから、伝統工芸士による製作も行っています。

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