いわくにじょう
岩国城
城・城下町 | 山口県 ◢
岩国城は、吉川広家(きっかわひろいえ)によって1608年に作られた山城で、眼下を流れる錦川を天然の外堀にし、標高約200メートルの城山山頂に位置していました。城山の尾根沿いに長さ180メートル、横に108~54メートル、石垣の高さ5.4メートル、天守閣は桃山風の南蛮造りと言われ、四層五階で本丸の北隅にそびえており、この外に矢倉五棟、折り回し大門二門、埋門一門、井戸二堀があったとされています。
山上の城である「横山城」と、麓の居館である「土居」からなり、江戸時代初期は岩国藩の居城となり、廃城後は土居が陣屋として存続しました。城下と城を隔てる錦川には錦帯橋が架けられ、特徴的な景観を作り出しています。城下町はこの錦帯橋の道筋を基準に整然と整備されました。
岩国城旧天守閣跡石垣
横山側の前方を大手とし、御庄後方を摘手として錦川を隔てて北方に安芸境をにらんでいました。元和元(1615)年6月、徳川幕府の一国一城の制により取り壊されましたが、昭和37(1962)年3月、天守閣跡より市内を眺望できる、東側へ約30メートル位置を変えて、当時の石積み技術のままに修復されました。これが現在の天守閣です。天守閣は岩国城城山山頂にそびえ、吉香公園、城下町、錦帯橋から市内一面、岩国米軍基地、瀬戸内海の島々や四国までが一望できます。また、城内には、錦帯橋の精密模型、写真、武具や甲冑などが展示されています。岩国城一帯は「城山おもしろぱあく」として整備され、森林散策を楽しむこともできます。


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