はかたにんぎょう
博多人形
人形 | 福岡県 | 知る ◢
博多人形は「正調博多節(せいちょうはかたぶし)」にも歌われ、博多土産の代名詞としても全国にその名を知られています。また、結婚、お誕生、事務所開き、新築祝いなどに贈られるものとしても有名です。主な産地は福岡県福岡市、小郡市、筑紫野市、春日市、大野城市、太宰府市などで、地元で採れる粘土を原料に作られています。
博多人形を大別すると、美人もの、歌舞伎もの、能もの、風俗もの、道教や仏教の人物像、童もの、節句もの等があります。また最近では、キティちゃん人形、ダイエーホークス人形といったキャラクターものも作られ、人気を集めています。このように題材が型にはまらずバラエティに富んでいるのは、それぞれの人形師が独自の趣を表現する常日頃の研究によるもので、洋画、日本画、彫刻、伝統芸能の舞台、そして時の流行から学びとる芸術性への姿勢が、博多人形のモチーフとしてあらわれてくるのでしょう。素焼きに着色する落ち着いた感覚の美しさと、きめ細かい彫り込み等により、さまざまなモチーフを表現することができるところが博多人形の魅力と言えます。
博多人形のような素焼きの人形を愛でる習慣は、約800年前の博多や鎌倉の架橋街や寺社から始まったことがわかっていますが、博多人形そのものの歴史は17世紀の初めとされています。1600年(安土・桃山時代)に黒田長政が福岡城を築いた時、多くの職人が集められ、鬼瓦の細工物から焼き物作りの技法を学んだ職人が、優れた作品を藩主に献上したのが始まりと言われています。江戸時代中期には土型を用いた製作が始まり、博多祇園山笠などの町人文化に支えられて発展し、江戸後半には正木宗七(宗七焼)や中の子吉兵衛や白水武平といった名工達が活躍して、全国に流通するようになりました。また、一説では19世紀前半に博多祇園町の住人が作り出した土俗素焼きの玩具人形が、博多人形のもとになったとも言われています。博多人形は、もともと博多素焼人形(はかたすやきにんぎょう)」と呼ばれていましたが、明治23年、東京で第三回内国勧業博覧会が開催されたとき、2名の出品者が受けた褒章状に、銘題「博多素焼人形」の「素焼」の二文字が消され、「博多人形」と書かれていたことから、「博多人形」の名が定着したと言われています。そして、パリなどの国際的な博覧会でも高い評価を受け、日本を代表する人形としての「博多人形」が世界に知られるようになったのです。
博多人形の工程は、まず人形師が土で人形をつくり、型をとるところから始まります。次に、博多人形の艶やかな肌の風合いを出すために、分子の細かい白色粘土を丹念に練り上げ、粘土を型に貼りつけ、人形の原形が完成します。そして型から出し乾燥させたものを窯で焼き、ていねいに彩色(さいしき)し、顔の面相を加えていくという工程を経て完成します。仕上がるまでは約20~60 日かかると言われています。



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