なんぶてっき
南部鉄器
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南部鉄器は岩手県の盛岡市、奥州市で作られている鉄器で、茶釜、鉄瓶(てつびん)、花器などの製品があります。
南部鉄器の歴史は350年の昔に遡ります。17世紀初め、現在の岩手県盛岡市一帯を支配していた南部藩が、京都から盛岡に茶釜職人を招いたのが始まりと言われています。その後、南部藩に各地から多くの鋳物師、茶釜職人が集まり、彼らに武器や茶釜、日用品を作らせました。有名な南部鉄瓶は、18世紀に茶釜を小ぶりにして改良したのが始まりで、手軽さから広く用いられるようになりました。一方、伊達藩の支配下にあった現在の岩手県水沢市にあたる地域でも、日用品の鋳物の生産が盛んで、明治時代以後に両産地の技術交流が進み、昭和30年代には盛岡と水沢両方の土地で作られた鋳物を総称して南部鉄器と呼ぶようになりました。現在では南部鉄瓶や鍋、風鈴、アクセサリーなどさまざまな日用品が作られています。特に近年の健康ブームで、鉄器から溶け出す鉄が貧血を予防するなど健康効果が知られ話題になっています。また、鉄瓶は穴が空いても修理ができ、資源節約にもつながるということも魅力のひとつとされています。
南部鉄器は「質実剛健」「丈夫で長持ち」といったイメージがある一方で、茶の湯釜や鉄瓶に描かれている、様々な絵柄や美しく並んだ粒が描き出す「霰(あられ)」の文様は、お茶を入れるひと時に、彩りとやすらぎを与えてくれます。また、南部鉄器独特の技術として、鉄器の錆(さび)を防ぐための「金気止(かなけど)め」があります。これは約900℃の炭火の中に30分位鉄瓶を入れておくという技法です。
南部鉄器の材料である鉄は、岩手県北部の久慈で採れる砂鉄を主に使用していましたが、19世紀中頃、南部藩士が釜石に洋式の高炉を作り、日本で初めて鉄鉱石から銑鉄を生産することに成功し、南部鉄器の材料は砂鉄から銑鉄(せんてつ)へと変わっていき、現在のような大量生産に対応することができるようになったのです。現在では銑鉄やコークス、漆など一部は輸入品を使っているものの、鋳型をつくる川砂や粘土などは今も地元のものを使って作られています。



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