わかさめのうざいく

若狭めのう細工

石工品 | 福井県 | 知る

若狭めのう細工は、福井県小浜市を産地とする、 「めのう」という石を使って細工した工芸品で、装身具、置物、茶碗、風鎮(ふうちん)などが生産されています。

めのうは通常1~10で表現される硬度が7(ダイヤモンドは10)と非常に硬く、彫刻の素材としてはきわめて特殊であると言われています。

若狭めのう細工では、雄鶏と雌鶏や鯉などの動物がよく題材にされます。それは、赤く燃え上がる炎のような発色を生かして表現されるにふさわしいモチーフだと言えるでしょう。このようなあざやかな発色は、世界的にも珍しい「焼入れ」という技術によって生まれます。もともと灰色の原石に熱を加えることで、鉄分が酸化して赤く発色するのです。「焼入れ」という技法がどのようにして発見されたのかはわかっていませんが、焚き火などで赤く変色する石があることを誰かが見つけ出したのではないかと言われています。また、もうひとつの魅力は、美しい艶とひんやりとした石肌のなめらかな手触りです。これは、「焼入れ」のあとに行われる「磨き」の作業によって出てきます。ろくろに取り付けた鉄ゴマに研磨剤の金剛砂(こんごうしゃ)をかけてめのうを磨くのですが、砂を少しずつ細かくしながら何度も何度も磨きます。

歴史

現在の福井県若狭の里、遠敷(おにゅう)は、若狭一の神社を頂く土地で、奈良時代に玉を信仰する鰐族(わにぞく)という海民族がこの地に来たとき、神社の前に鰐街道を作り、そこで玉を作ることを仕事としたのが若狭めのう細工の始まりと言われています。約270〜280年前の享保年間に、「高山喜兵衛(たかやまきへえ)なる人」が若狭めのうの由来として登場します。浪速に出て眼鏡屋に奉公中、玉造の技を習得し、帰郷し、若狭でめのうの玉造りをはじめたと言い伝えられています。その後、明治初年に中川清助(なかがわせいすけ)という人が玉造だけでなく、さまざまな工芸彫刻法を編み出し、現在の工芸彫刻の技術が開発されたとされています。

若狭めのう細工は、江戸時代には、「根付け」と言って、小さな勾玉のアクセサリーとして、印籠などにつけ、個性を表現するものとして重宝されました。時代は変わっても現在では携帯電話のストラップなど、同じような役割をはたしていると言えるでしょう。

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