大阪府

1-8件目 / 8

錫光「アイスペール」
伝統工芸品

錫器

金工品 | 埼玉県 | 大阪府 | 知る

はるか昔から使われていたとされる錫(すず)。日本に伝わったのは1000年以上前とされています。当初、大気中の湿気を寄せ付けない材質のため、茶壷として重宝され使われていました。その後酒器などに使われるようになっていったといわれています。現在では茶壷に代わって茶筒となり、また酒器はビアグラス・ワイングラスやロックグラスなどに代わっています。 錫器を作る錫師の技術は非常に卓越しており、茶筒などは外気の湿気から守るため、ミリ単位を超える細かい技術が要求されます。特筆すべきは蓋を本体の先に載せると、その重みのみで“すーっ”と表面を滑るようにゆっくりと降りてきて、ピタッと蓋が閉まるようすです。

中北町
生活

岸和田だんじり祭

祭り | 大阪府 | 九月 | 十月 | みる

岸和田だんじり祭(きしわだだんじりまつり)は、毎年秋に大阪府岸和田市で行われる祭りで、全国的にも知名度が高く、日本を代表する祭りの一つです。 岸和田地区、春木地区は9月に、旭・太田地区、修斉地区、南掃守地区、八木地区、山直地区、山直南地区、山滝地区は10月に行われます。各町のだんじりがそれぞれの氏神社に宮入りし、安全を祈願します。 見どころは、曳き手が走り、速度に乗っただんじりを曲がり角で方向転換させる「やりまわし」です。岸和田だんじり祭では、京都の祇園祭の鉾や飛騨高山祭の山車のように慎重に角を曲がるのではなく、勢いよく走りながら直角に向きを変えるのが特徴で、その迫力とスピードゆえ、全国から多くの観光客を集めています。

オーダーメイドの和包丁たち
伝統工芸品 スペシャル

芦刃物製作所

金工品 | 大阪府 | 買う

「堺刃物」の伝統を継承し、機械による加工と熟練した職人の手による技術をうまく融合させた生産方法により、高品質の料理包丁を中心にカスタムナイフ、オリジナル篆刻刀などを製造販売しています。刃物には地金(軟鉄)と刃金(鋼)を合わせて火造りして作る打刃物と、刃身全てが鋼の全鋼製のものがあります。芦刃物製作所では全鋼製の刃物を先代から作り続けており、現在では食文化の変化に目を向けた洋食厨房向けの業務用包丁をメインに力を注いでいます。ステンレス・炭素鋼共に硬さ、ねばさのバランスが最適になるよう素材を生かした熱処理と、熟練した職人の手作業による刃付けで一本ずつ丁寧に仕上げられており、手にしたときから素晴しい切れ味が楽しめます。

場所

金山古墳

古墳 | 大阪府 | 観光する

金山古墳は葛城山地西麓と富田林市南方に連なる丘陵との間にはさまれた東西約1㎞、南北約3㎞の台地上をなす谷の最奥部に位置しています。付近の地形を見ると、南東から北西に向かって舌状に張り出した小尾根を利用して築かれているのがわかります。 付近の標高は130mあり、墳丘上から北方約10㎞にある古市古墳群や遠く六甲山の山並を望むことができ、絶好の立地条件と言えるでしょう。墳丘は大小二つの円丘を連接させた形に築かれ、墳長は85.8mで北丘の直径は38.6mで二段重ね、南丘の直径は55.4mで三段重ねの円丘で、墳丘周囲は双円形の濠をめぐらせたわが国ではきわめて例の少ない、双円墳です。石棺の形や出土遺物などから、6世紀末から7世紀初めに築かれたものと考えられます。

場所

仁徳天皇陵

古墳 | 大阪府 | 観光する

大阪府堺市の町並みの中、忽然と姿を現す公園のように木々が茂った場所に、日本最大の古墳である仁徳天皇陵があります、仁徳天皇陵は世界三大墳墓の一つであることから、日本が世界に誇れる文化遺産でもあります。ちなみに他はエジプトにあるギザのクフ王のピラミッド・中国の秦の始皇帝陵となっています。墳丘(土が盛ってある部分)の全長は486mでこの長さは、三大墳墓の中で最も大きいものとなっています。その形は、あまりの大きさに空から見ないとわからないのですが、円墳(円形の墳丘)と帆立型の墳丘があわさって、ちょうど鍵の形をした前方後円墳という種類になります。その墳丘の周りには三重にもわたる水が張った濠(ほり)がぐるりと囲っていて、まるで敵からの侵入を守っている城のような、また人を寄せ付けない神秘的なイメージを醸し出しています。ここに埋められていた人は誰なのか、現在もはっきりとはわかっておりません。ただ、前方後円墳という形の古墳を作ることが許されるのは、かなり身分が高い人であること、そしてこれだけの大きさの古墳を作るには、想像を超える人と時間が必要なことから、当時日本の国を治めていた大王と呼ばれる位の人間だろうと考えられ、それが第16代天皇である「仁徳天皇」ではないかとされているのです。この壮大な古墳もそうですが、そこに埋められた副葬品と呼ばれる死者と一緒に埋められる品々の中に、金メッキを施した甲冑が見つかっていて、これは当時の最先端技術でそれを持つことができる人物は天皇クラスの身分の高い人しか持てなかっただろうということも明らかになっています。それ以外にも約15,000体にも及ぶ埴輪や、古墳の周り寄り添うようにして作られた小さめの古墳(培塚:ばいづか)が19基あり、そこからも様々な副葬品が見つかっています。

伝統工芸品

堺打刃物

金工品 | 大阪府 | 知る

「堺打刃物」と呼ばれる包丁は、大阪府堺市を産地とし、切れ味の良さから全国の料理人の包丁は90%以上が堺打刃物と言われるくらい、圧倒的な支持を得ています。 堺打刃物は今も600年の伝統が脈々と受継がれています。天文12年(1543年)、ポルトガル人によって鉄砲、たばこがもたらされました。16世紀の後半には、たばこの葉を刻む「たばこ包丁」が堺で作られるようになり、徳川幕府は堺に「極印」という品質証明の印を与え、専売を許可したことで、堺刃物の切れ味と名声は全国各地へと広がりました。江戸時代中期には、出刃包丁が出現し、その後用途に応じた様々な種類の包丁が作られるようになりました。

生活

天神祭

祭り | 大阪府 | 七月 | みる

天神祭は菅原道真という人を祀った全国の天満宮及び天神社で行われるお祭りです。菅原道真の命日に当る25日に毎月行われています。この神社は日本の古くからの童謡(とおりゃんせ)にも歌われており、多くの人に馴染み深い神様でもあります。天神祭で最も盛大なものは、大阪の天神祭で7月24日~25日行われるお祭りです。特に、25日の夜は、大川に多くの船が行き交い、花火が打ち上げられます。また陸の上では、先頭で太鼓を叩いて、お神輿や飾りの付いた山車(引き車)、色々着飾った人たち、3000人の行列が船着場まで4キロを練り歩きます。また大川の船は、太鼓やお囃子を鳴らした船、神様をお迎えするためのお人形を乗せた船などがあります。これ以外にも24日には「どんどこ船」といって太鼓のルズムに合わせて28人のこぎ手達が一斉に櫓をこいで、提灯をかざし何艘も賑やかに進みます。天神祭の由来は、菅原道真を祭った天満宮のお祭りです。菅原道真という人は平安時代の900年はじめ頃の人で、優れた学者であり、詩人であり政治家でありました。詩人、学者として有名ですが政治家としても右大臣として天皇に次ぐ最高位にまで登りつめその当時の政治改革を推し進めました。しかしながら反対派の策略により無実の罪を着せられ、九州、福岡の大宰府に左遷されたのです。その後道真が無実の罪を背負ったまま大宰府で死んだ後、京の都では天皇の子どもが次々と病死したり、都での会議中に雷が落ちて政府要人が死んだりと、道真を左遷した都で多くの異変が起きたのです。この異変は道真を左遷してそのまま死なせてしまった祟りだということになり、このような災いを沈めるために菅原道真を祭った神社が天満宮です。その後災いを防ぐ神様として全国に広まり、多くの天満宮が設けられたのです。また雷による災いを及ぼしたというので雷の神様(雷神)となったのです。雷神は雨を呼ぶ神様、豊作の神様でもあります。その後世の中が落ち着くにつれて、道真の優れた学者としての面が浮上してきて、今は学問の神様として有名になり、入学試験や就職試験の成功願う神様となったのです。

伝統工芸品

べっ甲細工

その他工芸品 | 東京都 | 長崎県 | 大阪府 | 知る

飴いろに光り輝く上品な豪華さ、海の宝石といわれるウミガメ「玳瑁(タイマイ)」の甲の部分を歴代の職人たちの創意工夫により見事な作品として昇華させたものが「鼈甲(べっこう)」という日本が誇る伝統工芸品です。その歴史ははるか秦の始皇帝の時代にまでさかのぼり、当時の王冠の装飾として使われていたほどの貴重なもので、その技術が300年ほど前、国際貿易の街長崎にわたってきたとされています。本来は「玳瑁細工」と呼ばれるべきこれらの作品が「べっ甲=すっぽんの甲」と呼ばれているのは、江戸時代贅沢な品々を禁止されていた時期に、商人たちが「これは絢爛豪華と言われる玳瑁の甲ではなく、品質が悪いべっ甲でございます」と言い訳して逃れていたことの名残とか。このことからも、当時は玳瑁細工を持つことができる人たちは、身分の高い人に限られており、私もいつかは玳瑁細工の品を持ちたいという憧れの品でした。それが身分制度が崩壊し、少しずつ一般の人たちも手に入れられる存在となり、今ではお土産品や贈答品とし高い評価を受けるに至ります。

Copyright © 2007-2008 Wanoa Inc. All Rights Reserved.
(ワノア)は株式会社わのあの登録商標です。【登録第5115867号】