近畿

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伝統工芸品

紀州箪笥

木工品 | 和歌山県 | 知る

紀州箪笥は和歌山県和歌山市で生産されている桐箪笥です。桐材特有の上品な木肌と美しい木目模様を生かした桐箪笥は、デザインもシンプルで繊細な美しさが漂い、機能的にも軽く耐湿性に優れているなど衣服の収納には最高の箪笥とされており、世代を越えて引き継がれる最高級の家具として今も愛されています。中でも紀州箪笥は、火にも水にも害虫にも強く、また蒔絵をほどこしたものや端正なデザインのものなど、その技術と美意識が大阪をはじめとし、全国的にも高く評価されています。 紀州における桐箪笥づくりの歴史については、定かなものはありませんが、「南紀徳川史」には、江戸時代後期に、落雷によって和歌山城の天守閣等が炎上し、天守閣再建の際に、長持等の箱物家具が作り直されたという記述があります。また、和歌山県各地の町家からは、19世紀中頃の古文書や箪笥が発見されており、それらは当時武家以外でも婚礼調度品としての箪笥が和歌山で作られていたことを示唆しています。

伝統工芸品

京友禅

染色品 | 京都府 | 知る

日本の着物の代名詞になっているといっても過言ではない「京友禅」。気高く、ゆかしい京の美意識が映しだされるこの染色工芸は、着物としてはもちろんのこと、和服のコートや羽織としても使われています。京都市、宇治市、亀岡市などが主な産地となっています。染色技法は8世紀から伝わり、手描友禅は江戸時代に、もともと扇絵師として活躍していた京都の宮崎友禅斉が、自分の画風をデザインに取り入れ、模様染めの分野に生かしたことで「友禅染め」が生まれたと言われています。色数が多く絵画調の模様を着物に染める友禅染は、町人文化の栄えた江戸時代の中期に盛んに行われるようになり、明治時代には、型紙によって友禅模様を染める「写し友禅染め」が開発されました。京友禅の工程は非常に多く、なおそれぞれの工程において高い技術を要求されるため、下絵から完成まですべて手掛ける人は現在では少なくなっているのが現状です。そこに描かれる絵柄は本来日本画の技法が元となっていることから、「花鳥風月」といった自然をモチーフにしたものが多いのですが現在では着る人の感性が多様化していることから、抽象的な絵柄も見かけられるようになりました。

生活

祇園祭

祭り | 京都府 | 七月 | みる

祇園祭は京都の八坂神社のお祭りです。大阪の天神祭と東京の神田祭とともに日本三大祭りの一つです。およそ1100年の歴史を持ち厄病や災いを鎮めるためにおこなわれます。時期は7月、一ヶ月間の長期にわたって行われます。また祇園祭は飛騨の高山祭と秩父の夜祭と並んで、日本の美しいお祭り、三大美祭りとも言われています。それは旧家や老舗で保存されている文化財や美しい山鉾(重要有形民族文化財)が公道を巡るため、「動く美術館」とも言われているお祭りなのです。山・鉾は山車といわれ2ⅿもある車輪がついていて、総重量12tもある引き車です。鉾は屋根の上に長い槍のような武器を置いています。また山は屋根の上に松ノ木を載せております。この槍や松ノ木は雷を防ぐ避雷針と同じく、厄病を吸い込んでしまうものとして置かれているのです。更に、この祭りが行われる八坂神社の祇園祭は牛頭天皇(ゴズテンノウ)を祀るお祭りです。牛頭天皇とは日本の神話に登場する人物で、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)<頭が8つもあって人々を苦しめた怪獣>退治したスサノオノミコトという神様です。お祭りの最大の盛り上がりは7月17日に行われる山鉾32基の街中の引き回しです。中でも見せ場は「辻回し」といって大きく高い鉾を交差点で方向転換を図る場面です。車輪自体が構造上、方向転換が出来ないようになっています。そのため路面に青竹を敷き、更に水を掛けて滑りやすくしてその上に鉾をのせ、皆で勢いよく掛け声に合わせて、90度に方向転換を図るのです。このような大きな鉾の方向転換は大変な技術を要します。また7月13日~16日の前夜祭ともいえる「宵山」(ヨイヤマ)の期間中は、夕方になると提灯に灯りがともり、山鉾の上では「コンチキチン」の祇園囃子が演奏され、京都市内が情緒深い風景になります。京都の人にとっては、この祇園祭が終わると、本格的に夏の訪れを感じる夏の風物詩でもあります。

伝統工芸品 スペシャル

田畑染飾美術研究所

染色品 | 京都府 | みる | 買う

京都地下鉄丸太町駅から徒歩10分弱、東は京都御所、西は二条城という皇室と将軍家のおひざ元に友禅のすぐれた職人が集まっている場所があります。これは当時友禅というものが両家から愛され注文をもらっていたという歴史的な証でもあります。その場所の中心地に田畑染飾美術研究所があります。ここの代表者は5代目田畑喜八さん。国内はもとより海外でも友禅を知る人は誰もが知っているほど著名な方です。特に3代目田畑喜八は友禅の世界で初めて人間国宝として認められたほどの人物です。 「人の半歩前へ行け」それが田畑家の家訓であると5代目田畑喜八さんは語ってくれました。「着物とは常に着る人が主役でありその引き立て役にすぎない。だから着る人が袖を通してみたいと思ってもらえるような作品をつくる必要がある。そのためにはその時代の感性・美的感覚を敏感に感じ取りさらにその感性を導いていく心と力がなくては受け入れてもらえない。その歩みは遅すぎれば時代遅れになり速すぎれば人はついてこれないだろう。だから半歩前なんです。」

伝統工芸品 スペシャル

ダイイチ

文具 | 兵庫県 | 買う

こどもには知育玩具、大人にはなつかしのおもちゃ、高齢者には脳トレゲーム。 「読み・書き・そろばん」が教養の基本であった時代が、なんでもコンピューターの時代になり、そろばんは、電子計算機やパソコンなどにその地位を奪われてしまったのは事実ですが、最近の空前の脳トレブームの到来により、そろばんの魅力が見直されています。老舗そろばんメーカーのダイイチでは、こどもから高齢者まで、また初心者から上級者まで、あらゆる層に向けて、様々な商品を開発しています。もちろん、伝統的工芸品の指定を受けた播州そろばんの産地ですから、伝統工芸士による製作も行っています。

生活

天神祭

祭り | 大阪府 | 七月 | みる

天神祭は菅原道真という人を祀った全国の天満宮及び天神社で行われるお祭りです。菅原道真の命日に当る25日に毎月行われています。この神社は日本の古くからの童謡(とおりゃんせ)にも歌われており、多くの人に馴染み深い神様でもあります。天神祭で最も盛大なものは、大阪の天神祭で7月24日~25日行われるお祭りです。特に、25日の夜は、大川に多くの船が行き交い、花火が打ち上げられます。また陸の上では、先頭で太鼓を叩いて、お神輿や飾りの付いた山車(引き車)、色々着飾った人たち、3000人の行列が船着場まで4キロを練り歩きます。また大川の船は、太鼓やお囃子を鳴らした船、神様をお迎えするためのお人形を乗せた船などがあります。これ以外にも24日には「どんどこ船」といって太鼓のルズムに合わせて28人のこぎ手達が一斉に櫓をこいで、提灯をかざし何艘も賑やかに進みます。天神祭の由来は、菅原道真を祭った天満宮のお祭りです。菅原道真という人は平安時代の900年はじめ頃の人で、優れた学者であり、詩人であり政治家でありました。詩人、学者として有名ですが政治家としても右大臣として天皇に次ぐ最高位にまで登りつめその当時の政治改革を推し進めました。しかしながら反対派の策略により無実の罪を着せられ、九州、福岡の大宰府に左遷されたのです。その後道真が無実の罪を背負ったまま大宰府で死んだ後、京の都では天皇の子どもが次々と病死したり、都での会議中に雷が落ちて政府要人が死んだりと、道真を左遷した都で多くの異変が起きたのです。この異変は道真を左遷してそのまま死なせてしまった祟りだということになり、このような災いを沈めるために菅原道真を祭った神社が天満宮です。その後災いを防ぐ神様として全国に広まり、多くの天満宮が設けられたのです。また雷による災いを及ぼしたというので雷の神様(雷神)となったのです。雷神は雨を呼ぶ神様、豊作の神様でもあります。その後世の中が落ち着くにつれて、道真の優れた学者としての面が浮上してきて、今は学問の神様として有名になり、入学試験や就職試験の成功願う神様となったのです。

伝統工芸品

べっ甲細工

その他工芸品 | 東京都 | 長崎県 | 大阪府 | 知る

飴いろに光り輝く上品な豪華さ、海の宝石といわれるウミガメ「玳瑁(タイマイ)」の甲の部分を歴代の職人たちの創意工夫により見事な作品として昇華させたものが「鼈甲(べっこう)」という日本が誇る伝統工芸品です。その歴史ははるか秦の始皇帝の時代にまでさかのぼり、当時の王冠の装飾として使われていたほどの貴重なもので、その技術が300年ほど前、国際貿易の街長崎にわたってきたとされています。本来は「玳瑁細工」と呼ばれるべきこれらの作品が「べっ甲=すっぽんの甲」と呼ばれているのは、江戸時代贅沢な品々を禁止されていた時期に、商人たちが「これは絢爛豪華と言われる玳瑁の甲ではなく、品質が悪いべっ甲でございます」と言い訳して逃れていたことの名残とか。このことからも、当時は玳瑁細工を持つことができる人たちは、身分の高い人に限られており、私もいつかは玳瑁細工の品を持ちたいという憧れの品でした。それが身分制度が崩壊し、少しずつ一般の人たちも手に入れられる存在となり、今ではお土産品や贈答品とし高い評価を受けるに至ります。

場所

伊勢市

| 三重県 | 観光する

三重県東南部に位置する伊勢市は、宮川・五十鈴川という二つの川と海に囲まれた人口13,000人ほどの歴史がある町です。名古屋から電車で約1時間半、大阪中心地からは電車で約2時間の位置にあります。その観光的な中心は日本で最も有名な神社の一つである伊勢神宮(神宮)です。また伊勢神宮の正殿のひとつである内宮の周りには商店街が広がり、お土産や名産品などを楽しむことができます。その一角にあるおかげ横丁には、おかげ座という歴史館があり、伊勢神宮の当時の様子を映像などで見ることができます。また伊勢神宮以外にも、様々な見どころがあります。歴史が深い町ですので大小含めた沢山の美術館・資料館があり、また海岸に行くと夫婦岩(めおといわ)と呼ばれる、大小二つの岩が海面からせり出している様子を見ることができます。日本ではこのように大きな岩とそれよりも小さな岩が寄り添うようにして立っていることを、夫婦が一緒にいるような様子に例え、このように呼びます。このような景観は日本全国にたくさんありますが、その中でも特に伊勢市二見町の夫婦岩は、この大小二つの岩の間から朝陽が昇る様子が美しいとされ有名です。もしその様子を実際に見たい場合は、5月~7月の日の出に訪れると見ることができます。また、伊勢安土・桃山文化村という広大な忍者テーマパークがあり、原寸大の城を見ることができ、忍者ショーや忍者にちなんだ様々なアトラクションを楽しむことができます。さらに、伊勢型紙に代表される伝統工芸品も数多くあり、地ビールや日本酒などの地元の特産品や、赤福などの日本全国的に有名な名菓も多数ありますので食の面でも楽しむことができます。

内宮 宇治橋鳥居
場所

伊勢神宮

神社 | 三重県 | 観光する

伊勢神宮とは三重県伊勢市にある日本で非常に歴史のある神社の一つです。一般的には「伊勢神宮」という名で知られ、「お伊勢さん」という名で親しまれていますが、正式名称は「神宮」と言います。日本でも「お伊勢さん」と親しみと敬意をもって呼ばれています。 伊勢神宮は大きく二つに分かれていて、その一つを「内宮(ないくう)」もう一方を「外宮(げくう)」と呼んでいます。この二つは距離にして約6km離れていますので、バスを利用して移動すると便利です。訪れる時にはまず外宮から参拝し、続いて内宮を参拝するのが一般的な順序であるとされています。

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