北海道

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場所

大沼国定公園

名所 | 北海道

大沼国定公園は、昭和33年7月に、全国で13番目、南北海道唯一の国定公園となりました。北海道の南西部渡島半島の中央部に位置し、活火山である駒ヶ岳と、噴火によってできた大沼、小沼、蓴菜(じゅんさい)沼をはじめ大小の沼、自然豊かなその周辺地域一帯が指定されています。総面積は9,083ヘクタールで、亀田郡七飯町、茅部郡鹿部町、及び森町の3町にまたがっています。 大沼国定公園内にある大沼、小沼、そして蓴菜沼は、それら自身のもつ美しさだけでも訪れる人たちを堪能させます。しかし、秀峰駒ヶ岳と対時させるとき、その美しさは両者のコントラストによって強調され、華麗に変身し、目を見張るほどの風光が限前に広がります。

場所

五稜郭

名所 | 北海道 | 観光する

五稜郭(ごりょうかく)は、北海道函館市にある平面が星形の洋式城郭跡です。日米和親条約締結によって箱館(はこだて)を開港するにあたり、防衛力の強化と役所の移転を目的として、元治元(1864)年に、徳川幕府の箱館奉行支配下の蘭学者、武田斐三郎が設計し、箱館奉行所として築かれました。稜堡と呼ばれる5つの突角を配し、星形五角形を呈する外観から五稜郭と呼ばれています。 五稜郭は、戊辰(ぼしん)戦争の最後の戦いの地として有名です。榎本武揚(えのもとたけあき)、土方歳三(ひじかたとしぞう)ら旧幕府脱走軍が占拠し、明治新政府軍と戦ったため、役所としての機能を失い、明治4(1871)年に、五稜郭内部の建物はほとんど取り壊されました。大正3(1914)年に五稜郭公園として一般公開されると、昭和27(1952)年には、「五稜郭跡」の名称で特別史跡として国から指定を受け、現在でも高さ約5~7メートルの土塁をはじめ、堀・石垣が良好な状態で残っているほか、現在平成22年度のオープンを目指して、箱館奉行所の復元工事が行われています。また、昭和39(1964)年には、五稜郭公園入口付近に五稜郭タワーが建設され、1,660本の桜の木は、函館市では函館公園と並ぶ桜の名所としても知られ、毎年花見の時期になると多くの花見客でにぎわいます。毎年5月の土日に箱館五稜郭祭が開催されています。 平成18(2006)年4月には高さ107mの新しい五稜郭タワーがオープンしたほか、五稜郭が日本100名城に選定されました。

別府竹細工

もの、こと | 大分県 | 北海道 | 参加する

別府竹細工は、日本有数の温泉地として名高い別府で作られる竹細工で、茶器、花器、盛籠、オシボリ入れ、銘々皿、マガジンラック、インテリア用品など、生活用具から芸術作品にいたるまで、主に地元大分県産の良質の「真竹」を用いて作られています。編みの技法は、「四つ目編み」「六つ目編み」「八つ目編み」「網代(あじろ)編み」「ござ目編み」「縄目(なわめ)編み」「菊底(きくぞこ)編み」「輪弧(りんこ)編み」などが基本となっており、さらにこれらの組み合わせで400種以上のパターンがあると言われています。また、塗装を施さない白竹や青竹製品と漆で仕上げる「漆塗り仕上げ」や「錆付け仕上げ」などがあります。別府の竹細工の歴史は日本書紀にもその記述が残っているほど古く、室町時代に行商用の籠を作って売り出したのが始まりとされています。江戸時代に、別府温泉が温泉地として発展してくると、温泉の客が滞在中に使う台所用品が作られるようになりました。そこから、これらの竹製品が別府温泉のおみやげとして人気を博し、別府周辺の地場産業となるまでに発展しました。明治後期に別府工業徒弟学校竹籃科が設立されると、他県からも多くの技術者が移住し、多くのすぐれた作家や技術者が出て、現在の別府竹細工の基礎が築かれました。こうして、明治・大正・昭和と別府温泉の隆盛とともに、竹細工も黄金期を迎え、職人たちは切磋琢磨し、技術を競い合い、優れた細工師が輩出されました。現在も別府では、大分県竹訓練支援センター竹芸科で、竹工芸の専門技術を学ぶことができます。

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