岐阜県

1-3件目 / 3

場所

白山

名所 | 石川県 | 福井県 | 岐阜県 | 富山県 | 観光する

白山は、富士山、立山とともに、「日本三名山」のひとつに数えられ、山頂部は御前峰(2,702m)、大汝峰(2,684m)、剣ヶ峰(2,677m)で構成されています。古くから「しらやま」や「越のしらね」の名で和歌にも詠まれましたが、信仰の山としても知られ、御前峰山頂には白山奥宮があります。養老元(717)年、越前の僧泰澄が、はじめて白山に登り修行したのが信仰登拝の始まりと伝えられています。一億年余り前には、河川が海にそそぐあたりにあった白山地域が、その後少しずつ盛り上がって何度も噴火活動を繰り返して火山として誕生し、今日にいたっています。

伝統工芸品

美濃和紙

和紙 | 岐阜県 | 知る

美濃和紙は、 岐阜県美濃市で作られる和紙で、主に本美濃紙、美術工芸紙、箔合紙などの製品になっています。薄くても布のように丈夫で、しかも繊細できめ細やかな風合いを持ち、温かみのある色艶が感じられる美しい美濃和紙は、障子紙を始め、保存文書用紙、岐阜提灯や、友禅染めに使う伊勢型紙、金沢箔で使う「箔合紙(はくあいし・できあがった金箔がくっつかないようにはさんでおく紙)」などその用途は多岐にわたっております。 美濃和紙は、1300年もの歴史を持っています。「正倉院文書」に、現存する日本最古の戸籍として、美濃和紙に書かれた大宝2(702)年の戸籍が残っており、このことから美濃和紙の始まりは、奈良時代だと考えられています。その後、仏教の普及により、奈良の都で写経のために多くの紙が必要となり、和紙の産地も各地で盛んになったと言われています。平安時代には、和紙を、他の産地より、はるかに多く年貢として京都におさめていたことがわかっており、このことからも、美濃の紙の産地として規模の大きさをうかがい知ることができます。室町時代には、地元の権力者である土岐氏によって六斉市(ろくさいいち)と呼ばれた紙市場が開かれたことで、美濃和紙は京都、大阪、伊勢方面に出荷され、広くその名が知られるようになりました。江戸時代には、美濃和紙が江戸幕府御用となり、幕府の保護を受け発展しました。しかし、現在では機械化が進んだことや、ほかの工芸品や障子紙などの需要が減ったことから生産量は激減しています。

伝統工芸品

一位一刀彫

木工品 | 岐阜県 | 知る

一位一刀彫とは岐阜県の高山市、飛騨市、下呂市を産地とするイチイという木を使った彫刻品で、茶道具や置物、お面などが作られています。年輪が細かく、まん中が赤くて(赤太)、外側が白い(白太)というイチイの木の特色を生かして彫刻されています。一位一刀彫は、江戸時代末期、彫刻の名人といわれた松永亮長(すけなが)が飛騨地方の象徴であるイチイ材に根付(ねつけ)彫刻と呼ばれる独特の彫刻を施したのが始まりと言われています。それ以来、飛騨を代表する彫刻として、色をつけないで天然のイチイの木の細かい年輪、木目の美しさ、赤太と白太の色の違いなどを生かし、彫った跡を鋭く残すという独特の形がつくられ、現在に受け継がれています。一本の木から作られる置物やお面のモチーフになるのは、干支の動物や仏像などが多く、これらの細かな表情が、約100本の彫刻刀を使い分けることによって表現されています。一位一刀彫と呼ばれる所以とも言われる、「一刀一刀魂を込めて彫る」ということが迫力となって表れていると言えるでしょう。また、年月とともに木の色が茶褐色にかわり、つやが出てくるというのもイチイの魅力です。作られた時期によって、同じイチイという木でできているとは思えないほど色艶が違うのです。

Copyright © 2007-2008 Wanoa Inc. All Rights Reserved.
(ワノア)は株式会社わのあの登録商標です。【登録第5115867号】