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伝統工芸品

七宝

工芸品 | 東京都 | 愛知県 | 知る | 身につける

七宝とは金・銀・銅などの金属の上にガラスのような光沢を放つ色つきの釉薬を落とし、高温で焼いて作られたものを言います。これは古代から続いている技術で、中近東からシルクロードを超えて紀元後7世紀前後に、日本にもたらされたとされており、奈良県の牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)から出土した亀甲型七宝金具が最も古いとされています。。また、その装飾の美しさから仏教典で「七種の宝石」、つまり金、銀、瑠璃(るり)、玻璃(はり)、鉅亟(しゃこ)、珊瑚(さんご)、瑪瑙(めのう)にたとえられていることが由来となっているという説もあります。

場所

白山

名所 | 石川県 | 福井県 | 岐阜県 | 富山県 | 観光する

白山は、富士山、立山とともに、「日本三名山」のひとつに数えられ、山頂部は御前峰(2,702m)、大汝峰(2,684m)、剣ヶ峰(2,677m)で構成されています。古くから「しらやま」や「越のしらね」の名で和歌にも詠まれましたが、信仰の山としても知られ、御前峰山頂には白山奥宮があります。養老元(717)年、越前の僧泰澄が、はじめて白山に登り修行したのが信仰登拝の始まりと伝えられています。一億年余り前には、河川が海にそそぐあたりにあった白山地域が、その後少しずつ盛り上がって何度も噴火活動を繰り返して火山として誕生し、今日にいたっています。

場所

立山

名所 | 富山県 | 長野県 | 観光する

立山(たてやま)は、日本三霊山・日本百名山の一つで、標高3,015mの大汝山を最高峰として、3,003mの主峰、雄山(おやま)、2,999mの富士の折立(ふじのおりたて)の3つの山からなっており、日本の屋根と言われています。 登山ルートはいくつかありますが、初めての人には富山県と長野県の二県にまたがり、延長90Kmに及ぶ大山岳観光ルート、立山黒部アルペンルートがおすすめです。鉄道、ケーブルカー、高山バス、トロリーバス、ロープウェイなどの交通機関を利用して、弥陀ヶ原や標高2,450mの室堂など自然のダイナミックな景観を無理なく楽しむことができます。

伝統工芸品

内山紙

和紙 | 長野県 | 知る

内山紙は国の伝統的工芸品に指定されている和紙のひとつで、長野県飯山市、下高井郡野沢温泉村、下水内郡栄村などで作られています。主な製品としては障子紙、永年保存用紙、加工書道用紙、紙加工品、一〆張りがあげられます。 内山紙という名は産地の地名が由来で、江戸時代初期に、美濃で製法を身に付けた職人が、自分の家で漉(す)いたのが始まりと言われています。豪雪地帯であるこの地は、冬になると農作業ができないという事情から、冬限定の仕事として発展しました。 ほかの地域では和紙づくりには川の水を使ってきたのに対し、ここでは雪に囲まれるという環境から、多量の雪で楮(こうぞ)を晒(さら)して白くする「凍皮」、雪晒し等、独特の技術が生まれました。内山紙の原料は、和紙原料の中で最も強くしなやかな楮だけを使用します。楮100%の紙は繊維が太く長くて強靱で、通気性、保湿力に優れており、日にも焼けないことから障子紙に適しています。また、同じ理由で長期間にわたって保存するための紙としても最適です。楮の原木から内山紙ができるまでには20~25程度の工程があります。良質な内山紙を作るためには原料の下準備、紙漉き、乾燥の工程が大切であるとされています。中でも紙漉き作業は紙の良し悪しを決める大切な作業です。また、トロロアオイという天然のノリは、夏場は腐って品質が変わりやすいので紙を漉くのは冬が最適と言われています。「流し漉き」は、手の切れるような冷たい水の中で、少しも手を止めることなく、常に前後左右に動かし続けなければならない過酷な作業です。このような厳しい寒さの中での作業によって良質の内山紙が生まれています。

伝統工芸品

甲州印伝

その他工芸品 | 山梨県 | 知る

印伝とは、 黒、紺、えんじ、紫などに染められた鹿の革に漆で 江戸小紋調の柄を付けたもので、 印鑑入れ、財布、袋物、ハンドバックなどさまざまな実用品として存在しています。印伝の産地のひとつが山梨県甲府市、西八代郡六郷町、北巨摩郡双葉町にあり、この地域で作られる印伝を 甲州印伝と言います。 印伝のさきがけは遠く奈良時代からあり、戦国時代は武将の武具にも使われました。甲州印伝は、江戸時代末期に、現在の山梨県の甲府市にあたる地域を中心にして産地が形成されたと言われており、江戸時代後期に書かれた「東海道中膝栗毛」の中には「腰に下げたる、印伝の巾着(きんちゃく)を出だし、見せる」という記述があります。これによって、当時から甲州印伝が財布や巾着等の袋物として人々の間で親しまれていたことがわかります。現在もなおさまざまな革小物として、老若男女に愛されつづけています。

伝統工芸品

美濃和紙

和紙 | 岐阜県 | 知る

美濃和紙は、 岐阜県美濃市で作られる和紙で、主に本美濃紙、美術工芸紙、箔合紙などの製品になっています。薄くても布のように丈夫で、しかも繊細できめ細やかな風合いを持ち、温かみのある色艶が感じられる美しい美濃和紙は、障子紙を始め、保存文書用紙、岐阜提灯や、友禅染めに使う伊勢型紙、金沢箔で使う「箔合紙(はくあいし・できあがった金箔がくっつかないようにはさんでおく紙)」などその用途は多岐にわたっております。 美濃和紙は、1300年もの歴史を持っています。「正倉院文書」に、現存する日本最古の戸籍として、美濃和紙に書かれた大宝2(702)年の戸籍が残っており、このことから美濃和紙の始まりは、奈良時代だと考えられています。その後、仏教の普及により、奈良の都で写経のために多くの紙が必要となり、和紙の産地も各地で盛んになったと言われています。平安時代には、和紙を、他の産地より、はるかに多く年貢として京都におさめていたことがわかっており、このことからも、美濃の紙の産地として規模の大きさをうかがい知ることができます。室町時代には、地元の権力者である土岐氏によって六斉市(ろくさいいち)と呼ばれた紙市場が開かれたことで、美濃和紙は京都、大阪、伊勢方面に出荷され、広くその名が知られるようになりました。江戸時代には、美濃和紙が江戸幕府御用となり、幕府の保護を受け発展しました。しかし、現在では機械化が進んだことや、ほかの工芸品や障子紙などの需要が減ったことから生産量は激減しています。

伝統工芸品

若狭めのう細工

石工品 | 福井県 | 知る

若狭めのう細工は、福井県小浜市を産地とする、 「めのう」という石を使って細工した工芸品で、装身具、置物、茶碗、風鎮(ふうちん)などが生産されています。 めのうは通常1~10で表現される硬度が7(ダイヤモンドは10)と非常に硬く、彫刻の素材としてはきわめて特殊であると言われています。 若狭めのう細工では、雄鶏と雌鶏や鯉などの動物がよく題材にされます。それは、赤く燃え上がる炎のような発色を生かして表現されるにふさわしいモチーフだと言えるでしょう。このようなあざやかな発色は、世界的にも珍しい「焼入れ」という技術によって生まれます。もともと灰色の原石に熱を加えることで、鉄分が酸化して赤く発色するのです。「焼入れ」という技法がどのようにして発見されたのかはわかっていませんが、焚き火などで赤く変色する石があることを誰かが見つけ出したのではないかと言われています。また、もうひとつの魅力は、美しい艶とひんやりとした石肌のなめらかな手触りです。これは、「焼入れ」のあとに行われる「磨き」の作業によって出てきます。ろくろに取り付けた鉄ゴマに研磨剤の金剛砂(こんごうしゃ)をかけてめのうを磨くのですが、砂を少しずつ細かくしながら何度も何度も磨きます。

伝統工芸品

一位一刀彫

木工品 | 岐阜県 | 知る

一位一刀彫とは岐阜県の高山市、飛騨市、下呂市を産地とするイチイという木を使った彫刻品で、茶道具や置物、お面などが作られています。年輪が細かく、まん中が赤くて(赤太)、外側が白い(白太)というイチイの木の特色を生かして彫刻されています。一位一刀彫は、江戸時代末期、彫刻の名人といわれた松永亮長(すけなが)が飛騨地方の象徴であるイチイ材に根付(ねつけ)彫刻と呼ばれる独特の彫刻を施したのが始まりと言われています。それ以来、飛騨を代表する彫刻として、色をつけないで天然のイチイの木の細かい年輪、木目の美しさ、赤太と白太の色の違いなどを生かし、彫った跡を鋭く残すという独特の形がつくられ、現在に受け継がれています。一本の木から作られる置物やお面のモチーフになるのは、干支の動物や仏像などが多く、これらの細かな表情が、約100本の彫刻刀を使い分けることによって表現されています。一位一刀彫と呼ばれる所以とも言われる、「一刀一刀魂を込めて彫る」ということが迫力となって表れていると言えるでしょう。また、年月とともに木の色が茶褐色にかわり、つやが出てくるというのもイチイの魅力です。作られた時期によって、同じイチイという木でできているとは思えないほど色艶が違うのです。

伝統工芸品

赤津焼

陶磁器 | 愛知県 | 知る

日本六古窯(にほんろくこよう)の一つに挙げられる愛知県瀬戸地方、その中でも1200年以上前、日本で初めて高温陶器を焼いたとされるのが赤津の地であると言われています。その灰を燃やすほどの高温で焼かれた陶器の中で、最も長い歴史を持つ赤津焼きの特徴は自然の土から作られた独特のぬくもりと30種類を超えると言われる釉薬(ゆうやく)とが織りなす美しさにあります。特に釉薬による景色(けしき)と呼ばれる表現効果は、同じものは決して作れないという希少性と、釉薬の厚み、塗り具合とその時の温度・湿度、さらに窯に入れて焼いた時間や火加減により作家が100%計算できない予測不可能な部分を残しており、そのことから茶の湯用の陶磁器として特に愛用され、鑑賞の対象とまでなっています。そして、赤津焼きは基本的に素焼工程がないということも特徴といえるでしょう。これは釉薬をわざと生地になじませないことで、焼いた時の釉薬の浮きやたまりも独特の表現効果にするための技法です。よって大きな行程としては土づくり ここで完成形をイメージしてそれに適した土を作ります。成形 ろくろを使ったり、手で成形したりと様々なやり方があります。乾燥 成形したばかりの生地はとても柔らかいため直接持つことができません。 そこで天日に何日間かさらして乾燥させます。釉薬及び彫刻などの飾りつけ ここで完成形に従って表面に表現を付けます。釉薬で表現効果をつける場合は、 技術者の経験と勘が頼りの難しい行程です。窯焼き 窯に入れて焼きます。通常は灰がとける程の温度(1200度前後)とされていますが、 完成したときの表現効果により経験と勘で変えることが多いようです。 完成 また赤津焼きは地の利という面においても恵まれた環境にあります。これは瀬戸地方全体に言えることですが、この地で採掘できる土には鉄分が少なく、表面に施した模様が映える白さが特徴の、いい材料が豊富に眠っているのです。そのような環境の中、作家の自由な発想によって成形方法も多種にわたっており、ろくろを回してなめらかな曲線を描いたものから、土の塊から指先を使って丹念に成形したもの表面に彫刻による模様を施したものなど、様々な作品が作られてきました。歴史的にも江戸時代は特に徳川家の御用窯として栄えた時期もあり、時の将軍徳川家より特別に注文を受け、茶道具などを収めてきた背景から、総じて気品と風格がただよう作風であるということも言えるでしょう。日本有数の窯が集まる陶器の地瀬戸、その中でも最も長い歴史を持ち、1200年の間工芸士たちが試行錯誤を繰り返し作り上げてきた独特の「景色」を持つ赤津焼き。土の温かみ、工芸士が代々受け継いだ経験と技術、そして気まぐれな自然のいたずらから作られる世界無二の作品の数々を赤津焼きで楽しんでみてはいかがでしょうか。

伝統工芸品

高岡漆器

漆器 | 富山県 | 知る

高岡漆器は富山県高岡市を産地とする漆器で、お盆や文箱などの実用品から室内調度品まで多岐にわたる製品が作られています。「青貝塗」、「勇助塗」、「彫刻塗」という3つの代表的な技法があります。 青貝塗 一般に貝を貼り付けた漆器のことを螺鈿(らでん)と呼びますが、高岡漆器では、青貝塗と言います。薄く加工した鰒(あわび)や夜光貝、蝶貝、孔雀貝等、色艶と輝きをもった貝殻を刀・針等を用いて三角形や菱形の細片をつくり、これを組合せて黒い漆の上に貼り付け、山水・花鳥等を表現する技法です。使う貝の種類によって、また切った貝一枚一枚が、違った色や模様を放っていますが、それぞれの貝をデザインに合わせて選び、絵を描いていきます。下地の黒い漆が透けて貝が青く見えることから「青貝塗」と呼ぶようになったと言われています。青貝塗は貝の輝きによる華やかな趣が特徴的です。

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